syaga100の日記?

思い付いた事を書いていく雑記でございます。Youtubeやパソコン関係、他にも思い立って書くかも知れません。 

車を運転するという事について

 

 子供の頃、それは憧れでした。

 車を運転出来る事がなにか特別な事のように感じていたのです。

 停まってる車の運転席に座らせて貰った時はとてもワクワクしました。いつもとは違う目線、オートマのシフトレバーはロボットの操縦桿のように見える、そしてハンドルを握る。エンジンが停まっているので当然ハンドルは動かないんですが、だからこそこんなハンドルを軽々と回す父が特別な事をしているように感じられました。

 

 月日は流れ18歳で免許を取って、それから運転は私にとってそんな特別な事ではなくなっていました。

 

 免許を取ってから8年くらい経った頃でしょうか、運転中にふとこう思いました。

「なんで運転出来てるんだろう」と。

 

 勿論免許は持っていますし、ちゃんと走る車もあるし運転出来る事は当たり前なんですが、得体の知れない違和感を感じたわけです。

 

 きっと運転を「特別な事」と感じていた子供の頃の感情を思い出したんでしょうね。

 一体いつの間にそんな「特別な事」が出来るようになっていたんだ、と思ったという話です。

 

 こんな「特別感」こそ無くなりましたが最近こう考えるようになりました。

「車に乗っている状態は生き物として異常である」と。

 

 最近あおり運転に関するトラブルよく耳にしますよね。Youtube見てても煽られた時のドライブレコーダーの映像を見かけますし(一度でも見るとオススメに類似する動画が表示され似たようなのを何度も目にする事に…)、犯罪として立件されたニュースも何度か目にしました。

 さて、ハンドルを握ると人が変わるなんて話ありますよね。普段大人しい人が車の運転をし始めた途端大胆な性格になるって言うアレです。

 確かに車を運転するという事は人が本来持ち得ない能力、つまり高速で移動する能力を手に入れた事になります。

 人は時速60kmでは走れませんよね? 時速100kmで走ろうと思ったら人体改造も視野に入れるべきですね。筋力増強に骨密度の強化、強靭な腱の移植、いっそ所々カーボン製なりチタニウム製にしても良いかも知れません。そもそも人体はそんな速度で走る事に適した構造をしておりませんので不要部位は切除し走る事に特化してしまいましょう。それでも果たして時速100kmなんて出せるでしょうか?

 そんなマッドサイエンティスティッキーな事しなくても車に乗れば簡単に時速100kmで移動する能力が手に入るわけです。大金とガソリンと引き換えに。

 

 この時速60kmや100kmで移動する状態は人間の脳にとっても異常であります。

 そんな高速で移動する力を手に入れて万能感を得た、というのもあるのでしょうがそもそも我々の脳は高速での移動を前提として作られているでしょうか。足や腕同様高速での移動に適しているとは思えません。

 そして運転はその異常な状態の脳に様々なストレスを掛けます。視覚、聴覚、三半規管、それらの目まぐるしい情報を処理しながらどのように運転するかを決定しているわけです。

 そんな脳が果たして正常な判断を下せるでしょうか。

 

 

 だからこそやはり車の運転というのは「特別な事」だと思うわけです。

 私は免許を取ってからもう二十年近く経つのですが幸いにしてここまで無事故です。もちろん事故を起こさないように気を付けてはいるんですが、これは純粋に運が良かったのだなと思います。どんなに気を付けていても事故に巻き込まれる事はありますからね。本当に幸運でした。

 

  要はより一層気を付けようと思うわけです。

 「特別な事」をしている自覚を持ち起こり得る事態を想定し気を配る。すっかり運転に慣れたからこそ改めて安全運転を意識した運転を心掛けて行きたいですね。

 

 こういうのを言葉にするのって難しいですね。

 

 それでは今回はこの辺で。